小舟町八雲神社鉄製天水桶とは
小舟町八雲神社鉄製天水桶とは、神田明神境内の小舟町八雲神社に置かれた、鋳鉄製の天水桶一対です。千代田区指定有形民俗文化財で、日本橋小舟町の魚問屋仲間と神社の結び付きを伝えています。
魚問屋仲間が奉納した火への備え
天水桶は、防火用水などに使う雨水をためる道具。文化8年(1811年)、江戸の魚問屋仲間に属した遠州屋新兵衛ほか10名が奉納しました。原作を手がけたのは、深川大島の鋳物師・太田近江大掾藤原正次。
同じ神田明神境内には、大伝馬町八雲神社の鉄製天水桶もあります。こちらは太物問屋仲間が1839年に奉納したもの。二つを見比べると、異なる商人集団がそれぞれの神社を支えた歴史が見えてきます。
奉納者の魚問屋仲間を地域史側から読むなら、日本橋小舟町に加え、日本橋魚河岸と日本橋魚河岸跡が手がかりになります。神社の奉納品と江戸の魚市場史を往復すると、銘文に残る商人たちの背景が見えやすくなるでしょう。
日本橋トピック♪一対でも、作られた年は同じではない
一対のうち一方は1811年の奉納後に失われ、安政4年(1857年)に再建されました。二つの桶が別々の年代を刻むこと自体が、道具を補いながら受け継いだ歴史を物語っています。
小舟町八雲神社鉄製天水桶に関するよくある質問
- 一対の天水桶は両方とも1811年に作られたのですか?
- いいえ。一方は1811年の奉納品ですが、もう一方は失われた後、1857年に再建されました。
- なぜ小舟町の魚問屋が天水桶を奉納したのですか?
- 小舟町には魚問屋仲間の商人が集まり、小舟町八雲神社を崇敬していました。天水桶には、神社と商人たちの結び付きが残されています。

