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小舟河岸とは

小舟河岸とは、西堀留川沿いで、堀留町一丁目の南側から小舟町の西側へ続いていた河岸地です。読みは「こぶながし」。旧河岸地の一部は、現在の日本橋小舟町にあたります。

荒布橋から道浄橋まで続いた商いの場

1878年6月6日荒布橋から北へ道浄橋までの河岸地が「小舟河岸」と正式に命名されました。船の出入りが多く、河岸には錦糸・綿布、鰹節、塩干魚、乾物などを扱う問屋が集まったといいます。西堀留川は関東大震災後の復興事業で埋め立てられましたが、河岸名は日本橋小舟町が舟運と商業で栄えた記憶を伝えているのでしょう。

日本橋トピック♪もう一つの名は「鰹河岸」

小舟河岸は「鰹河岸」とも呼ばれました。日本橋魚河岸と隣り合う場所で、鰹節問屋が多かったためです。一つの河岸に、織物と海産物の問屋がともに集まった点にも、この地域の商いの広がりが表れているのではないでしょうか。

小舟河岸に関するよくある質問

小舟河岸と日本橋小舟町は同じものですか?
同じではありません。小舟河岸は西堀留川沿いの河岸地、日本橋小舟町は現在の町名です。旧河岸地の一部が現在の町域にあたります。
江戸初期の地図では小舟河岸をどう表していますか?
寛永江戸図では、西堀留川の西側に「こふな丁」、小舟町二丁目の東側に「あえものかし」と記されています。

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