蛎殻河岸とは
蛎殻河岸とは、かつての箱崎川沿いで、日本橋蛎殻町にあった河岸地です。読みは「かきがらがし」。現在の日本橋蛎殻町一丁目付近にあたる歴史的な名称で、河岸も箱崎川も現存していません。
永久橋から蛎殻橋までを示した河岸名
この川岸は、明治期に俗に蛎殻河岸と呼ばれていました。1888年6月16日、蛎殻町一丁目の永久橋より北から蛎殻橋までの河岸地が、蛎殻河岸という正式名称になります。町全体を指す名前ではなく、旧箱崎川に面した橋と橋の間の区間を示す河岸名でした。日本橋蛎殻町と水路とのつながりを伝える歴史地名といえるでしょう。旧箱崎川の周辺には、日本橋箱崎町側の永久河岸や、日本橋小網町側の行徳河岸など、複数の河岸地がありました。
日本橋トピック♪俗称から正式名称になった蛎殻河岸
蛎殻河岸は、先に地域で使われていた俗称が、後から公的な河岸名になった例です。正式名称となったときには、永久橋より北から蛎殻橋までと範囲も具体的に定められました。町名と川辺の呼び名が重なり、土地の位置を示していたことが分かります。
関連用語
蛎殻河岸に関するよくある質問
- 通運丸の発着場は蛎殻河岸にあったのですか?
- いいえ、別の場所です。中央区立図書館の郷土資料は、1877年に運航を始めた蒸気船「通運丸」の発着場が蛎殻町三丁目に置かれたと記しています。一方、蛎殻河岸の正式な範囲は蛎殻町一丁目の永久橋より北から蛎殻橋までで、同じ場所ではありません。
- 蛎殻河岸は現在のどのあたりですか?
- 中央区立図書館の郷土資料では、現在の日本橋蛎殻町一丁目35番付近にあたると説明されています。

