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永久河岸とは

永久河岸とは、かつての箱崎川沿いで、箱崎町一・二丁目地先にあった河岸地です。読みは「えいきゅうがし」。現在の日本橋箱崎町付近にあたる歴史的な名称で、河岸や川が現存しているわけではありません。

永久橋までの川岸に付いた正式名称

箱崎町一・二丁目地先の川岸は、以前から俗に永久河岸と呼ばれていました。1878年10月16日、箱崎町から東の永久橋までの河岸地が、永久河岸という正式名称になります。この場所には山谷方面を行き来する船の船宿が多く、明治初期までは山谷河岸とも呼ばれました。橋際に永久稲荷があったため、稲荷河岸という別称も使われています。旧箱崎川の周辺には、日本橋小網町側の行徳河岸や、隅田川に面した日本橋浜町側の菖蒲河岸など、複数の河岸地がありました。

日本橋トピック♪同じ川辺に三つの呼び名

この河岸には、正式名の永久河岸のほか、山谷船の船宿にちなむ山谷河岸、永久稲荷にちなむ稲荷河岸という呼び名がありました。交通、信仰、橋という土地の特徴が、それぞれ別の名前に表れていたのでしょう。

永久河岸に関するよくある質問

旧永久河岸は現在のどのあたりですか?
中央区立図書館の郷土資料では、現在の日本橋箱崎町3番・21番付近にあたると説明されています。
永久稲荷は現在も同じ場所にありますか?
確認した郷土資料から分かるのは、当時、永久橋際に永久稲荷があったことまでです。現在の所在や継承関係は確認できないため断定できません。

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