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行徳河岸とは

行徳河岸とは、江戸時代の小網町三丁目に置かれ、下総国本行徳村との間を結ぶ行徳船の発着や荷揚げに使われた河岸です。現在の日本橋小網町三丁目にあり、塩などの物資だけでなく、房総方面へ向かう旅人の乗船地でもあったのです。

水路で小網町と行徳を結んだ交通拠点

行徳船の運航は寛永9年(1632年)に始まりました。江戸川から新川、小名木川を経て小網町へ至る約12.6キロメートルの航路で、本行徳村から塩を積み替えずに運べる流通路として機能しました。利用者は荷主だけではありません。船は人も乗せ、成田山参詣などで房総へ向かう交通手段にもなったのです。天明6年(1786年)の本行徳村に53艘の乗合船があったという記録は、往来の規模をうかがう手掛かりになるでしょう。

二つの「行徳河岸」を区別する

行徳河岸という名は、江戸側の日本橋小網町と、現在の千葉県市川市にあった本行徳側の船着場の双方を指す文脈があります。小網町側は江戸の発着・荷揚げ拠点、本行徳側は行徳船が着く対岸の河岸でした。中央区文化財マップを開けば、日本橋小網町三丁目にあった史跡の位置を確かめられるでしょう。周辺の水路は埋め立てられており、往時の河岸風景は残っていません。現在は文化財マップや現地の説明板を手掛かりに位置をたどる場所です。

日本橋トピック♪行徳船の目印になった常夜灯が残っている?

本行徳の河岸には文化9年(1812年)、航路の安全を願う人々が高さ4.31メートルの石造りの常夜灯を建てました。現在も市川市の指定文化財として残る、行徳船の往来を目に見える形で伝える史跡です。

行徳河岸に関するよくある質問

行徳河岸は川の名前ですか?
川そのものではなく、船が発着して荷物を上げ下ろしした河岸の名前です。江戸側は現在の日本橋小網町三丁目にあり、本行徳との間を行徳船が結びました。
行徳船は何を運んでいましたか?
本行徳から江戸へ塩などの物資を運んだほか、人も乗せました。成田山参詣などで房総方面へ向かう旅人にも利用された船便です。

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