日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクトとは

日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクトとは、平和不動産が主導し、東京・日本橋兜町茅場町を金融とカルチャーが交わる街へ段階的に再生していく、まちづくりの取り組みです。事業者は「日本橋兜町・茅場町の街づくり」と呼んでいます。かつて「東洋のウォール街」とも言われた証券の街が、時代の変化で人通りを減らした一帯に、オフィスやホテル、飲食を組み合わせた施設を順次生み出しています。

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「東洋のウォール街」が、一度静かになるまで

兜町と茅場町は、渋沢栄一たちが日本の株式市場をひらいた金融の街です。1873年(明治6年)にこの地で日本初の銀行とされる第一国立銀行が生まれ、1878年(明治11年)には東京株式取引所(いまの東京証券取引所の前身)が誕生しました。以来、銀行や証券会社が集まり、日本の金融の中心地として知られていきます。

流れが変わったのは平成に入ってから。1999年(平成11年)に東京証券取引所の「立会場」が閉じると、取引が人手からコンピューターへ移り、多くの証券会社が街を離れました。にぎわいがいったん失われたのが、再活性化の出発点です。

いま生まれているもの

平和不動産が掲げるコンセプトは「投資を、そして感性を一歩先へ」。金融ベンチャーの支援や、投資家と企業が対話する拠点づくり、高度な金融人材の受け入れを進め、「国際金融都市・東京」構想の一翼を担うことを目指しています。

かたちになった施設も増えてきました。2021年(令和3年)に開業した複合施設KABUTO ONEを中心に、ハイアット系のホテルや、旧銀行・証券の建物を生かしたカフェ、レストランも点在します。歴史ある証券街と新しいカルチャーの同居。それが、いまの街の楽しみ方でしょう。ただしこのプロジェクトは進行中で、街は少しずつ姿を変え続けている点は押さえておきたいところです。

Topic金融街なのに、なぜ「感性」を掲げるのか

このプロジェクトのコンセプトは「投資を、そして感性を一歩先へ」。お金の街なのに感性という言葉が選ばれているのが面白いところです。再活性化はビルを建てるだけでなく、アートや食、音楽といったカルチャーを呼び込み、投資家・企業・つくり手が自然に交わる街をつくろうとしています。数字の街という固いイメージを、人が集まり歩きたくなる場所へと描き直そうとしているわけです。

日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクトに関するよくある質問

兜町と茅場町は何が違うのですか?
兜町は東京証券取引所が立地する町、隣り合う茅場町は証券会社や金融機関のオフィスが集まる町です。再活性化の街づくりは、この両方の町をまたいで進められています。
兜町は、もう証券の街ではなくなったのですか?
いいえ。東京証券取引所は今もこの地にあり、金融街としての顔は健在です。再活性化は、その土台にカルチャーや人の交流を足していく試みといえます。
もう完成しているのですか?
いいえ、進行中の取り組みです。KABUTO ONEのように形になった施設もありますが、街は今も段階的に姿を変え続けています。

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