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大震火災遭難者追悼碑とは

大震火災遭難者追悼碑とは、日本橋茅場町三丁目の新亀島橋橋詰にある、関東大震災の犠牲者を追悼する碑です。読みは「だいしんかさいそうなんしゃついとうひ」。亀島川に架かる橋の西詰南側に立っています。

米穀商たちが建てた震災追悼碑

大正12年(1923年)9月1日の関東大震災では、日本橋地区が全域焼失する大きな被害を受けました。その翌年の大正13年(1924年)9月、龜島橋河岸米穀商懇話會が犠牲者を弔うために建立したのが、この追悼碑です。

建立主体の名に「河岸」と「米穀商」が入るのは、この一帯が水運と商業の町だったことを物語ります。震災からの復興だけでなく、地域の商いと追悼のつながりも伝える碑といえるでしょう。

日本橋トピック♪橋のたもとで二つの災害を記憶する

すぐ隣に立つ戦災遭難死者慰霊塔が弔うのは、太平洋戦争中の東京大空襲の死者です。震災と戦災という異なる災害の碑の違いを意識すると、茅場町の近代史が立体的に見えてくるでしょう。

大震火災遭難者追悼碑に関するよくある質問

新亀島橋は関東大震災のあと、どうなりましたか?
震災で被害を受け、1926年に復興事業で鋼桁の橋へ再建されました。現在の橋は1995年に架け替えられたものです。
碑に刻まれた26名は犠牲者の名前ですか?
歴史地震研究会の調査は、賛助員6名と懇話会会員20名の名だとしています。犠牲者名の一覧ではなく、建立に関わった人々の名です。

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