江戸前海苔とは
江戸前海苔とは、江戸の前に広がる東京湾で採れた海苔を、紙のように薄く漉いて干した板海苔のことです。日本橋の海苔商が扱い、江戸の食を支えた名産のひとつ。
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将軍にも献上された、東京湾の海苔
東京湾で海苔が採れるようになったのは、1600年代の後半ごろとみられます。中心になったのは、今の大田区にあたる大森村のあたりでした。
やがて1746年(延享3年)からは、大森村が幕府に海苔の税を納めるようになります。将軍家や御三家に届けられた最上級の海苔は「御前海苔」と呼ばれ、最盛期には2000を超える海苔漁家があったと伝わります。
今はもう、東京湾では作られていない
ところが、その東京湾の海苔養殖は、いま見ることができません。昭和38年(1963年)、高度経済成長期の埋め立てで、大森の海苔づくりは長い歴史に幕を下ろしました。
高速道路や工場の用地として海が埋め立てられ、養殖の場が失われたためです。今では「江戸前海苔」の名は、同じ東京湾岸の千葉県産などの海苔に受け継がれているとされます。「江戸前」と聞くと今も大森で採れそうに思えますが、東京湾での養殖はすでに終わった過去の風景です。
Topic「浅草海苔」なのに、産地は浅草じゃない?
海苔の代名詞ともいえる「浅草海苔」。その名の由来には、いくつかの説が伝わります。昔は浅草のあたりまで海で、海苔が採れたからという説。さらに、紙漉きの技術を応用して浅草で板海苔が作られ、売られたからという説もあります。やがて生産の中心は大森へ移りましたが、ブランド名としての「浅草海苔」は長く残りました。
江戸前海苔に関するよくある質問
- なぜ関東では焼き海苔がよく使われるのですか?
- 江戸時代に東京湾の大森などで海苔の養殖がさかんになり、江戸前海苔として関東に広まったためとされます。味付け海苔が好まれる関西とは対照的な食卓の文化です。
- 「江戸前」とは何を指す言葉ですか?
- もともと江戸の前に広がる東京湾やその沿岸を指す言葉です。寿司のイメージが強いですが、海苔や魚にも使われ、江戸前海苔は東京湾で採れた海苔を意味します。
- 浅草海苔と江戸前海苔は同じものですか?
- どちらも東京湾でとれた海苔をさす呼び名で、重なる部分が大きいとされます。浅草海苔はブランド名として広まり、生産地は早くから大森へ移っていました。
