郡代屋敷跡とは

郡代屋敷跡とは、江戸幕府の天領(直轄地)を治めた関東郡代の役所兼住まいがあった場所の跡で、現在の東京都中央区日本橋馬喰町にあります。年貢の取り立てから治水まで、関東一円の暮らしにかかわる仕事をここで束ねていました。今は説明板が、往時のすがたをそっと伝えるのみ。

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関東一円の年貢と治水を担った役所

関東郡代とは、幕府が直接おさめる土地(天領)の年貢の取り立て、治水、領民の訴訟などをまとめた役職でした。今でいえば、広い地域の税務と地方行政をあわせて受け持つ拠点といったところ。天正18年(1590年)から伊奈氏が代々この職を継ぎ、ながく関東の土台を支えました。

常盤橋から馬喰町へ、説明板だけが残る

郡代屋敷はもともと江戸城の常盤橋門の内にありましたが、明暦の大火(1657年)ののち、この馬喰町へ移されたと伝わります。寛政4年(1792年)に伊奈氏が職を退くと関東郡代は廃止され、屋敷は「馬喰町御用屋敷」と名を変えました。それでも人々は、その後も長くここを「郡代屋敷」と呼びつづけたそうです。建物は残らず、今は説明板が静かに立つばかり。

Topic伊奈氏は、関東の水を治めた一族

代々の伊奈氏は、年貢の取り立てだけでなく治水の名手として知られました。利根川の流れを東へ移すなど、関東の川を整える大きな工事を手がけたとされています。今に広がる関東平野の田畑は、こうした地道な水との格闘の上にある。足元の地名の奥に、土地づくりの歴史が眠っているのではないでしょうか。

郡代屋敷跡に関するよくある質問

郡代屋敷跡には今、屋敷が残っていますか?
当時の建物は現存しません。馬喰町の一角に案内板が立ち、かつてここに天領を治める役所があったことを今に伝えています。
「関東郡代」とは、どんな役目だったのですか?
幕府が直接おさめる土地を預かり、税の取り立てや川の管理、もめごとの裁きまでを引き受けた役職です。関東の広い範囲に目を配る、地方の最高責任者のような立場でした。

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