絹本着色日本製菓子舗榮太樓本店製造塲略図とは
絹本着色日本製菓子舗榮太樓本店製造塲略図とは、1885年の榮太樓工場で菓子を作る工程を描いた絵巻で、中央区登録の区民有形文化財です。明治期の榮太樓の菓子作りを海外へ伝える解説画として制作されました。
正式名称:絹本着色日本製菓子舗榮太樓本店製造塲略図 附写生帖(中央区公式の文化財名)
井戸水から飴の整形までを一枚に
絵巻の右側には湧き出る井戸水と羊羹の製餡・加工作業、中央には金時大角豆を蜜煮して甘名納糖を作る職人が描かれます。左側には求肥や細工菓子、棒状の飴を鋏で切って指で整える榮太樓飴の「梅ぼ志飴」の工程。画面を追うほど、職人の手仕事が見えてきます。
資料は絵巻1巻と附指定の写生帖1冊です。写生帖には、絵巻に登場する個々の作業がスケッチされています。作品は1885年に制作され、1995年4月1日に登録。所在地は箱崎町14番2号の榮太樓總本鋪です。
ロンドンで菓子作りを説明した工場図
制作を依頼したのは、榮太樓總本鋪の創業者です。1885年5月に開かれたロンドン・万国発明品博覧会へ、菓子や木型、道具とともに出品するため、和紙舗・榛原の仲介で画家の柴田真哉に依頼しました。
制作者の署名などが残る絵巻は、完成した菓子だけでは伝わりにくい製造工程を、職人の動きと道具を通じて海外の観客へ見せる役割を担いました。日本橋魚河岸の人々に親しまれた店の菓子作りが、明治には海外へ紹介されたことを伝える産業史料といえるでしょう。
日本橋トピック♪商品ではなく「作り方」もロンドンへ運んだ
榮太樓が博覧会へ送ったのは菓子や道具だけではありません。井戸水を使う製餡から蜜煮、求肥、飴の整形までを描いたこの絵巻も出品しました。写真や動画が身近でなかった時代に、一枚の絵で日本の製菓技術を説明する資料だったのです。
絹本着色日本製菓子舗榮太樓本店製造塲略図に関するよくある質問
- 絵巻にはどのような菓子作りが描かれていますか?
- 羊羹の製餡や加工、金時大角豆を蜜煮する甘名納糖、求肥、細工菓子、梅ぼ志飴の製造工程などが、工場で働く職人の姿とともに描かれています。
- なぜ榮太樓の工場図が作られたのですか?
- 1885年のロンドン・万国発明品博覧会へ出品し、日本の菓子製造工程を説明するためです。菓子や木型、道具と一緒に、作り方を視覚で伝える役割がありました。
- 榮太樓本店製造塲略図を描いたのは誰ですか?
- 画家の柴田真哉です。絵巻の署名と附属する写生帖の記述から、制作者が確認されています。
