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弥左衛門町とは

弥左衛門町とは、現在の中央区銀座四丁目、並木通りの両側にあった歴史地名です。読みは「やざえもんちょう」。のちに銀座西を経て、現在の銀座へつながりました。

草創名主の名を受け継いだ町

町名は、草創名主の長谷川弥左衛門に由来するといわれます。もとは日比谷のお堀端にあった土地が寛永5年(1628年)に幕府へ召し上げられ、替地として現在の銀座四丁目・並木通り両側を与えられたことが、町名の始まりでした。

中央区立図書館の町名変遷表では、弥左衛門町は銀座西を経て現在の銀座へつながります。高橋洋服店の公式沿革によると、1930年3月に弥左衛門町の表示が銀座西4丁目へ変わりました。人名から生まれた町名が、銀座の住居表示へ受け継がれていったといえるでしょう。

銀座の名は銀貨鋳造所に結び付きます。中央区文化・国際交流振興協会の地域史によると、その鋳造所は寛政12年(1800年)に日本橋蛎殻町への移転を命じられました。弥左衛門町から蛎殻銀座跡へ、銀貨鋳造所の移転をたどる見方もできるでしょう。

日本橋トピック♪老舗洋服店の沿革に残る旧住所

銀座の高橋洋服店は、1920年に京橋弥左衛門町15へ、1925年に同町1へ移ったと公式沿革に記しています。それぞれ現在の銀座4-3-2と4-3-9にあたり、旧町名と今の番地を結ぶ記録といえるでしょう。

弥左衛門町に関するよくある質問

長谷川弥左衛門の家は代々同じ名を名乗ったのですか?
中央区文化・国際交流振興協会の地域史によると、2代目からは伊左衛門を名乗り、代々弥左衛門町に住んでいたといいます。
長谷川家はいつ弥左衛門町を離れましたか?
明治5年(1872年)の銀座大火の頃、11代目が銀座の土地を処分し、今戸の別邸へ移ったと伝わります。

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