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東海道 一 五十三次 日本橋とは

東海道 一 五十三次 日本橋とは、歌川広重が東海道の起点・日本橋を描いた大判錦絵です。嘉永2〜5年(1849〜1852年)に丸屋清次郎から刊行された「東海道」の第一図に当たります。

魚河岸のにぎわいを橋の上から眺める

橋上には魚や籠を運ぶ人々が行き交い、その向こうに日本橋川の舟と河岸の蔵が並びます。日本橋の北側にあった日本橋魚河岸の活気を、旅の出発地点と重ねた構図です。街道の起点である橋と、江戸の食を支えた市場の往来を一画面で見られるところが見どころでしょう。

日本橋トピック♪なぜ「隷書東海道」と呼ばれる?

静岡市東海道広重美術館は、この全55点の連作を「隷書東海道」と紹介しています。画面右上の標題が、横線を強く見せる隷書体で書かれていることに由来する通称です。

東海道 一 五十三次 日本橋に関するよくある質問

国立国会図書館では題名が「東海道 一」だけに見えるのはなぜですか?
個別書誌ではタイトル欄を「東海道 一」、一般注記を「五十三次日本橋」と分けて記録しています。二つを続けると、作品を特定しやすい表記になります。
東海道 一 五十三次 日本橋の画像はオンラインで見られますか?
国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。

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