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辰野金吾とは

辰野金吾とは、日本銀行本店本館や東京駅を手がけた明治・大正期の建築家です。1854年に唐津で生まれ、工部大学校で建築を学んだのち英国へ留学しました。日本橋本石町では、金融街の景観を象徴する日本銀行本店本館を設計した人物として押さえておきたい存在でしょう。

日本橋本石町に残した銀行建築

日本銀行の新本店は1890年に着工し、1896年に完成しました。同年4月、日本銀行は永代橋際の店舗から日本橋本石町へ移転。江戸時代に金座が置かれ、明治期にも銀行が集まった地域へ中央銀行が移ったことで、建物はこの一帯の金融史を目でたどる手がかりになりました。

設計前の辰野は欧米の銀行建築を調査し、ベルギー国立銀行を設計したアンリ・ベイヤールに学び、イングランド銀行も訪ねました。本館の外観には古典主義建築の秩序が表れ、正面中央のドーム、列柱、石積みの外壁が重厚な印象をつくっています。本館は1974年に国の重要文化財となりました。

建物を見るときの小さな視点

「辰野金吾の建築」と聞くと赤レンガの東京駅を思い浮かべるかもしれません。では、日本銀行本店本館も同じ表情でしょうか。実は、外装の主役は石。地階と1階には花崗岩、2階以上には安山岩が使われています。近くの貨幣博物館にある、本館の建設過程を伝える資料も見どころの一つ。同じ建築家でも、建物の役割に応じて表情が異なると知って眺めると、日本橋散策の解像度が上がります。

日本橋トピック♪高橋是清とは「先生と生徒」だった

1871年、唐津藩洋学校の耐恒寮で辰野金吾は高橋是清から英語を学びました。約20年後、高橋は辰野が工事監督を務める日本銀行本店の建設現場で建築事務主任に。唐津の教室で始まった縁が、この地の大建築で交差したのです。

辰野金吾に関するよくある質問

辰野金吾と高橋是清は、日本銀行本店の建設でどんな役割を担いましたか?
辰野金吾は本店本館を設計し、工事監督を務めました。高橋是清は1892年に建築事務主任として採用され、建設実務に関わりました。
日本銀行本店本館と東京駅は、見た目が同じですか?
同じ辰野金吾の設計ですが、表情は異なります。日本銀行本店本館は石の外装と古典主義の列柱、中央のドームが特徴です。

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