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末広河岸とは

末広河岸とは、かつて日本橋川左岸の荒和布橋から思案橋まで、旧小網町一丁目沿いに続いていた河岸です。読みは「すえひろがし」。現在の日本橋小網町にあたる川沿いには、蔵が並んだと伝わります。

船積問屋が集まった水運の拠点

末広河岸には内陸方面への輸送を担う船積問屋が多く集まり、舟運の中心を担っていた場所です。1877年9月10日、荒和布橋から思案橋までの河岸地に「末広河岸」という正式名称が付きました。川に沿って蔵が続いた景観は、物資を水上輸送に頼った江戸の商業を映しています。

日本橋トピック♪問屋24軒のうち20軒が米に関わっていた

末広河岸が沿った旧小網町一丁目には、1851年の問屋記録で24軒の問屋がありました。うち20軒が米に関わる問屋で、下り米問屋5軒、河岸八町米仲買7軒などが並びます。船積みの河岸は、同時に米が集まる場所でもあったと分かるのではないでしょうか。

末広河岸に関するよくある質問

末広河岸は今も残っていますか?
現存する施設ではありません。旧小網町一丁目沿いの歴史的な河岸名で、跡地は現在の日本橋小網町にあたります。
末広河岸は俗称ですか?
1877年9月10日に、荒和布橋から思案橋までの河岸地へ正式名称として付けられました。それ以前からこの河岸地は末広河岸と呼ばれていたため、通称が正式名になった形です。

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