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用語 街・地名

思案橋とは

思案橋とは、江戸の日本橋小網町付近で、東堀留川日本橋川寄りにあった橋の名です。東堀留川は1949年に埋め立てられたため、橋は現存しません

渡るか戻るか、思案したという伝承

中央区立京橋図書館の地域資料には、橋を渡って進むか戻るかを考えた場所だったため、思案橋と呼ばれたという伝承があります。ただし、近くの橋名は時代によって何度も変化しました。由来を一つの確定した物語とせず、古地図に残る伝承として読むのが妥当でしょう。水路の記憶は、日本橋小網町の町割りをたどる手がかりです。

日本橋トピック♪古地図を替えると橋名も動く

『郷土室だより』第73号は、この付近に並んだ4つの橋の名が地図ごとにどう動いたかを一覧にしています。1632年の寛永図で「志あん橋」と書かれていたのは、のちに「あらめはし」、さらに荒布橋と呼ばれる橋のほうでした。思案橋の名は、そのあと隣の橋へ移っています。橋の名が場所に固定されていなかったからこそ、思案橋は一点だけで覚えるより、東堀留川の橋群として追う方が実像に近づけるでしょう。

思案橋に関するよくある質問

埋立て前の東堀留川には、どんな橋名が残っていましたか?
中央区の戦後復興資料は、南から小網橋、親父橋、万橋を挙げています。古地図の橋名が最終段階まで同じだったわけではありません。
東堀留川はどのように延びていましたか?
中央区の資料では、日本橋川が江戸橋を過ぎたあたりで北西へ屈曲する2本の入堀のうち、東側が東堀留川(堀江町入堀)でした。西側に並んでいたのが西堀留川(伊勢町堀)です。