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岡崎町とは

岡崎町とは、江戸時代に町奉行組の与力・同心が暮らした、現在の中央区八丁堀二〜三丁目にあたる歴史地名です。旧京橋区に属し、その北側にあった町が北島町でした。

寺地から八丁堀の組屋敷へ

岡崎町の一帯は、寛永期の絵図では寺地でした。その後は武家屋敷地となり、享保6年(1721年)に収公されて町奉行組与力・同心の拝領地になります。まもなく町屋が開かれ、役人の組屋敷と商人の町屋が同じ地域に並びました。

中央区立図書館の町名変遷表では、岡崎町の一部は西八丁堀を経て、現在の八丁堀へつながります。岡崎町という現行住所はありませんが、八丁堀が町奉行配下の役人の町として知られた背景を伝える旧町名といえるでしょう。

日本橋トピック♪表に商人、奥に役人が暮らした

与力・同心はそれぞれ200坪ほどの敷地に表門を構えていましたが、通りに面した場所を商人へ貸し、自らは奥に住むことが多かったと伝わります。表の町屋と奥の武家屋敷が一つの敷地に並ぶ姿から、八丁堀の町の特徴を読み取れるでしょう。

関連用語

岡崎町に関するよくある質問

岡崎町の町名は何に由来しますか?
町屋が開かれたときの名主、岡崎十左衛門の姓にちなみます。『日本歴史地名大系』は、与力・同心の拝領地となった後に町屋が開かれ、岡崎町と呼ばれたと説明しています。
中央区の岡崎町と大阪市にあった岡崎町は同じ町ですか?
別の町です。東京都中央区の岡崎町は現在の八丁堀二〜三丁目にあたり、大阪市西区にも同名の旧町がありました。古い住所を調べるときは、東京か大阪かを先に確かめる必要があります。

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