日本橋矢ノ倉町とは
日本橋矢ノ倉町とは、今の東日本橋一丁目のあたりにあった旧町名です。読みは「やのくらちょう」。「矢ノ倉」という変わった名の由来には諸説あり、昭和46年(1971年)の住居表示で町名としては姿を消しました。
今は東日本橋の一部
矢ノ倉町は、両国にほど近い一帯にあった古い町。住居表示(住所を分かりやすく整理するしくみ)が昭和46年(1971年)に行われ、村松町や若松町、米沢町などとともに東日本橋一丁目へまとめられました。「矢ノ倉」は今の住所には残らず、古い地図や町会の名に名をとどめるのみ。
日本橋トピック♪「矢ノ倉」の名は何に由来する?
中央区の説明では、昔この一帯に軍用の矢を納める倉が立ち並んでいたことにちなむとされています。一方で、幕府の米蔵(御蔵)があったことに由来するという説も。どちらにせよ「倉」にまつわる名で、川沿いに蔵が連なっていた江戸の物流の風景がしのばれます。
関連用語
日本橋矢ノ倉町に関するよくある質問
- 「矢ノ倉町」はなんと読みますか?
- 「やのくらちょう」と読みます。「矢之倉町」とも書かれ、いずれも倉にちなんだ町名と考えられています。
- 矢ノ倉町の「倉」は今もありますか?
- いいえ。倉は今は残っておらず、町名の由来として伝わるだけです。幕府の米蔵があったとする説では、その蔵は火災ののち築地へ移されたとされています。
