日本之名勝 有隣生命保険株式会社とは
日本之名勝 有隣生命保険株式会社とは、瀬川光行が編んだ写真集『日本之名勝』に収められた、有隣生命保険株式会社の本社建物を写した古写真です。読みは「にほんのめいしょう ゆうりんせいめいほけんかぶしきがいしゃ」。同書は明治33年(1900年)12月に史伝編纂所から刊行されました。
資料名:日本之名勝
掲載写真名:有隣生命保険株式会社
洋風建築と隣家の対比を見る
同書の解説文によると、この会社の本社は東京日本橋区南茅場町にありました。その名は、いまも中央区の日本橋茅場町に受け継がれています。写真に写るのは、縦長の窓を並べた洋風の建物と、切妻屋根の隣家。道路側には人力車や人物も見え、洋風の企業建築と、そのすぐ隣に続く瓦屋根の町並みが一枚に収まっています。
白黒写真からは分かりませんが、同書の解説文はこの建物を「赤色煉瓦の搆造なり」と記しています。白黒写真の見た目だけで材質を決めつけると、取り違えかねないところ。なお、写真集の刊行年は個別写真の撮影日ではありません。撮影方向や建物が現在まで残るかどうかも、この画像だけでは確定できないでしょう。
日本橋トピック♪社長は、五箇条の誓文の原案にたずさわった人
同書の解説文によると、この会社の社長は子爵・由利公正でした。国立国会図書館「近代日本人の肖像」によれば、由利公正(1829〜1909)は福岡孝弟とともに五箇条の誓文の原案作成にたずさわり、明治4年(1871年)には東京の知事も務めた人物です。維新の中枢にいた人物が、明治も半ばを過ぎた南茅場町で保険会社を率いていたわけです。建物の写真1枚から、そこで働いていた人の顔まで見えてきます。
日本之名勝 有隣生命保険株式会社に関するよくある質問
- 有隣生命保険株式会社の写真は原本のどこにありますか?
- 『日本之名勝』97コマの下段です。上段には明治生命保険株式会社の別写真があるため、上下のキャプションを確認すると取り違えを防げます。
- この写真は1900年に撮影されたものですか?
- 1900年12月は写真集『日本之名勝』の刊行時期です。個別写真の撮影日は書誌やキャプションだけでは確定できないため、刊行年と撮影年は区別する必要があります。

