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日本之名勝 三井呉服店本店総陳列所開場 第一日店前入口雑沓の光景とは

日本之名勝 三井呉服店本店総陳列所開場 第一日店前入口雑沓の光景とは、明治33年(1900年)刊の写真集『日本之名勝』に収められた、三井呉服店が全館を陳列場として開いた初日の写真です。読みは「にほんのめいしょう みついごふくてんほんてんそうちんれつじょかいじょう だいいちにちてんぜんいりぐちざっとうのこうけい」。正面入口へ押し寄せた人々を写した一枚です。

店前の人波と、馬車鉄道の軌道

三井呉服店は明治33年10月15日、座って反物を見せる従来の売り方をやめ、本店の全館を陳列場として開きました。写真の中央にあるのが、その瓦屋根の本店。入口前から道路際まで人が埋めています。前景を横切るのは道に敷かれた軌道で、左端には丸屋根の箱形の車両が一両。東京都の資料によると、この通りには明治15年(1882年)から東京馬車鉄道の循環線が通り、電車に変わるのは明治36年(1903年)です。つまりこの日の軌道を走っていたのは、まだ馬が引く車両でした。奥に立つのは、腕木を何段も張った電柱。買い物の場と明治の都市交通が重なる日本橋室町の様子が見えてきます。

日本橋トピック♪正面の戸が閉まっているのは、なぜ?

写真集自身の説明が、その日の様子を書き留めています。開場は午前六時。午前九時半までに山をなして入場した来客は「八千五百」、場内は立錐の余地がなくなり、やむを得ず一度門を閉じて入場を断った。そして「圖中入口正面の戸の鎖され居るは即ち之が爲なり」と結ばれています。写真で正面の戸が閉ざされているのは、客を入れきれなくなったから。なお、三越の公式沿革が引く当時の『時事新報』は午前7時開門・午前10時に8,500人と伝えており、時刻の数え方は資料によって少し違います。現在の日本橋三越本店へつながる転換の初日が、この閉じた戸に残っています。

日本之名勝 三井呉服店本店総陳列所開場 第一日店前入口雑沓の光景に関するよくある質問

「第一日」とありますが、三井呉服店の創業日のことですか?
違います。本店の全館を陳列場として開いた初日という意味です。前身の越後屋が呉服店を開いたのは延宝元年(1673年)で、この写真の220年以上前にあたります。
総陳列所の開場日は、三越のデパートメントストア宣言と同じ日ですか?
同じ日ではありません。全館を陳列場として開いたのは1900年10月15日で、デパートメントストア宣言は1904年12月です。

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