コンテンツへスキップ
用語 街・地名

米河岸とは

米河岸とは、西堀留川(伊勢町堀)の西側にあった河岸です。読みは「こめがし」。旧伊勢町と本船町に沿い、現在の日本橋本町一・二丁目付近にあたる米問屋の集まる取引の場でした。

米だけではない河岸の商い

中央区立図書館の資料は、河岸に米問屋の蔵が並び、米の相場が立った様子を伝えています。一方で、油・綿などを扱う問屋も記録されており、「米だけの専用荷揚げ場」ではありません西堀留川1928年に埋め立てが完了し、水路と河岸は残っていません。

日本橋トピック♪米の値段を動かす「相場」が毎日立った

江戸期の地誌は、米河岸に米問屋が集中し、毎日相場が立ったと伝えています。米は運び込んで保管するだけでなく、取引価格が形成される商品でした。米河岸は水運と商取引が重なる場所だったのです。

米河岸に関するよくある質問

米河岸では米だけを扱っていたのですか?
米問屋が集中していましたが、米だけの専用河岸ではありません。中央区立図書館の資料には、油・綿などに関わる問屋も記録されています。
米河岸と塩河岸はどう違いますか?
どちらも西堀留川(伊勢町堀)沿いの河岸ですが、別の名称です。米河岸は米問屋と相場の集中が特徴で、塩河岸は塩問屋があったことから名付けられたとされます。