小網山稲荷院萬福寿寺とは
小網山稲荷院萬福寿寺とは、小網神社の由緒に登場する、太田道灌が土地を寄附して名づけたと伝えられる社寺名です。いま別の寺を探すための名前ではなく、小網神社と日本橋小網町の前史を読む手がかりとして見ると分かりやすいでしょう。
小網神社の前史をたどる名前
小網神社公式のご由緒では、武蔵国豊島郡入江のあたりに萬福庵があり、文正元年(1466年)の悪疫鎮静の伝承を経て小網稲荷大明神が創建されたと説明されています。そこへ領主の太田道灌が関わり、小網山稲荷院萬福寿寺という名が伝わった流れです。
その後、明治維新後の神仏分離で社寺は分かれ、小網稲荷神社は明治6年(1873年)に村社となりました。戦後の宗教法人化で小網神社という名称になったため、古い社寺名と小網神社の今の名前を同じものとして単純に置き換えないことが大切な視点。
日本橋トピック♪小網町の名までつながる旧い社寺名
公式の由緒では、慶長年間(1596〜1615年)にこの伝承にちなみ周辺地域が小網町と名づけられたと説明されています。小網山稲荷院萬福寿寺という長い名前には、社寺の記憶だけでなく、町名が育っていく背景も重なります。
小網山稲荷院萬福寿寺に関するよくある質問
- 小網山稲荷院萬福寿寺は今も寺として残っていますか?
- 同名の寺院として残っているわけではありません。小網神社公式では、明治初年の神仏分離後に寺院は廃絶し、弁財天像は小網神社へ遷されたと説明されています。
- 小網山稲荷院萬福寿寺と小網神社は別の場所ですか?
- 別の観光施設名ではなく、小網神社の由緒の中で語られる旧い社寺名として理解すると自然です。街歩きでは、日本橋小網町にある小網神社の背景を知る手がかりになります。
