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木更津河岸とは

木更津河岸とは、日本橋川江戸橋際にあり、江戸と木更津を結ぶ船の発着地として使われた河岸地です。読みは「きさらづがし」。旅客と荷物を運ぶ水上交通の拠点でしたが、現在は残っていません。

江戸橋南袂へ移った木更津航路の拠点

木更津の船は、当初、本船町の河岸を利用していました。元禄6年(1693年)に本船町との間で争いが起きた後、江戸橋南袂の西寄りに船着場を移し、木更津河岸が整えられました。明治期には官有河岸地となって「四日市河岸」へ改称され、昭和14年(1939年)9月12日に廃止されています。旧元四日市町沿いを指す俗称の元四日市河岸とは、範囲も名称の性格も異なります。木更津河岸は、現在の千葉県木更津市と江戸の日本橋が水路で結ばれていたことを伝える名前といえるでしょう。

日本橋トピック♪丸みのある船首が木更津船の目印

江戸と木更津を往来した船は「木更津船」と呼ばれました。船首にある「水押」という部分が丸みを帯びており、ほかの船と見分けやすかったといいます。河岸名だけでなく、船の形にも航路の個性が表れていたのではないでしょうか。

木更津河岸に関するよくある質問

木更津船は人も運びましたか?
はい。木更津船は荷物だけでなく旅客も運び、安房・上総から江戸や神奈川方面へ向かう人々に利用されました。
木更津船はどれくらいの大きさでしたか?
中央区立図書館の郷土資料では、四斗俵を約500俵積む、120~130石ほどの規模だったと説明されています。

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