葛西萬司とは

葛西萬司とは、辰野金吾と建築事務所を営み、日本橋にある三田商店の支店建築を手がけた建築家です。1863年に盛岡で生まれ、1942年まで活動しました。

日本橋に残る建築とのつながり

葛西は1890年(明治23年)に帝国大学造家学科を卒業後、日本銀行の建築技師として辰野金吾と働きました。1903年(明治36年)に二人が開いたのが、辰野葛西建築事務所です。

中央区は、日本橋にある三田商店の支店建築を葛西の建築作品として紹介しています。タイル張りの外壁と角の塔屋に開く丸窓が特徴で、辰野との共同事務所だけでなく、葛西個人の作品としても確認できる建物です。

日本橋トピック♪辰野金吾も葛西には怒れなかった?

盛岡市の解説によると、葛西萬司は寡言で沈着、人に親切丁寧だったといいます。怒りっぽかったとされる辰野金吾も、葛西に対しては怒ることができなかったと伝わるほど。対照的な二人が長く事務所を営んだことを、身近に感じさせる逸話でしょう。

葛西萬司に関するよくある質問

葛西萬司と葛西万司は別人ですか?
同じ人物です。「萬」と「万」は旧字体と新字体の違いで、国立国会図書館の典拠データは両表記を結び付けています。
葛西萬司の仕事は故郷の盛岡にも残っていますか?
辰野葛西建築事務所が手がけた建築に、旧盛岡銀行本店があります。国の重要文化財であり、葛西と盛岡のつながりを伝える作品です。

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