寛正三年板碑とは

寛正三年板碑とは、1462年(寛正3年)の銘を持つ小型の供養塔婆で、中央区指定有形文化財の歴史資料です。日本橋本石町二丁目の日本銀行新館建設中に出土し、金融街の地下に残った中世の信仰を伝えます。

石の板に刻まれた阿弥陀如来への願い

板碑は、人が中へ入る塔ではなく、供養や追善のために建てた板状の石造塔婆。この板碑は緑泥片岩製で、全高58センチメートル、最大幅15.5センチメートル、最大厚2.7センチメートルの縦長な姿です。

上部には、阿弥陀如来を表す梵字種子「キリーク」を蓮華座の上に刻んでいます。中央には法名「正金禅門」、その左右に「寛正三年」と「十二月十五日」の銘が読み取れます。

日本橋本石町、石町時の鐘常盤橋門跡日本銀行本店本館(金座跡)貨幣博物館へと読み進めると、中世の祈りから江戸、近代までの歴史が同じ土地に重なる意外性が見えてくるでしょう。

日本橋トピック♪日本銀行の地下約6メートルから現れた

寛正三年板碑が見つかったのは、日本銀行新館の建設工事現場。地下約6メートルから複数の破片とともに出土し、江戸開府より前の信仰の痕跡が金融街の足元に残っていたことを示しました。

寛正三年板碑に関するよくある質問

板碑は、人が中に入る塔ですか?
人が入る建物ではありません。板状の石に仏や造立年などを刻み、供養や極楽往生への願いを表した石造塔婆です。
出土場所に寺院があったと分かりますか?
日本銀行新館の建設工事中、地下約6メートルから出土したことは確認できます。ただし、造立した場所で埋没したか、移動後に埋没したかは確定していません。

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