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鐘撞堂跡とは

鐘撞堂跡とは、石町時の鐘が江戸の人々に時を知らせた鐘楼堂の旧地です。読みは「かねつきどうあと」。本石町三丁目、現在の日本橋本町四丁目・日本橋室町四丁目にあたります。

旧地と鐘の保存場所は別

中央区によると、本石町三丁目時の鐘は、約2時間おきに江戸の町へ時刻を伝えました。鐘撞堂跡はその旧地を指す名であり、現在の石町時の鐘は日本橋小伝馬町十思公園にあります。関東大震災後、十思公園に建てられた鐘楼堂へ移されました。旧地と保存先を分けて知ると、街歩きで取り違えにくくなるでしょう。

日本橋トピック♪鐘の運営費は「音が届く町」が支えた

中央区の文化財解説では、石町時の鐘鐘の聞こえる410町から鐘撞銭を集め、管理・運営費に充てたとされています。家持町人1軒あたり月4文で、広い範囲の暮らしが一つの鐘の音と費用で結ばれていたのでしょう。

鐘撞堂跡に関するよくある質問

十思公園に残る鐘は何年に鋳造されたものですか?
鐘の銘文から、1711年に改めて鋳造された鐘と考えられています。1725年の記録には、それまでに3回改鋳したことが書かれています。
江戸時代の「一時」は、現在の2時間と同じですか?
きっかり同じではありません。当時主流だった不定時法では昼と夜をそれぞれ6等分したため、一時の長さは季節によって変わりました。約2時間は現在の感覚に引き直した目安です。

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