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亀井町飛地とは

亀井町飛地とは、旧亀井町の本体から離れて存在した歴史地名です。読みは「かめいちょうとびち」。町名変遷では馬喰町を経て、現在の日本橋馬喰町へつながります。

浜町堀の対岸にもあった亀井町

飛地とは、町の中心となる区域から地理的に離れた土地のことです。平凡社の地名事典によると、亀井町には浜町堀の対岸に東河岸の飛地があり、さらにその東河岸から東へ続く片側町の二丁目もありました。堀や河岸が入り組む江戸の町では、同じ町名の土地が一続きとは限らなかったのでしょう。

中央区立図書館の町名変遷表は、亀井町飛地を亀井町本体とは別の行に記録しています。飛地の系統は馬喰町へまとめられ、現町名の日本橋馬喰町に引き継がれました。町名の行をたどると、本体とは異なる行き先が見えてくるでしょう。

日本橋トピック♪亀井町の本体は寺院跡に生まれた

亀井町の本体は、もともと寺院の土地でした。天和2年(1682年)の火災で弥勒寺と雲光院が深川へ移り、その跡地に町が起立したと伝わります。飛地だけでなく、本体の成り立ちにも土地利用の大きな変化がありました。

亀井町飛地に関するよくある質問

亀井町はどの町や水路に接していましたか?
平凡社の地名事典では、東は馬喰町一丁目、北は神田堀、南は小伝馬町三丁目に接していたと説明されています。
江戸時代の地図では亀井町をどう書きましたか?
元禄6年(1693年)の『江戸図正方鑑』には「カメイ丁」、国立国会図書館所蔵の江戸切絵図には「亀井丁」と記されています。

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