樺島正義とは
樺島正義とは、1911年(明治44年)に完成した日本橋の橋梁設計と工事監督を指導した東京市の橋梁技術者です。1878年から1949年に生き、都市の橋づくりを技術面から率いた人物です。
日本橋で担った「指導」の役割
現在の日本橋が建設されたときの役職は、東京市橋梁課長。中央区の解説では、樺島の指導の下、東京市技師の米元晋一が主任技師として橋梁設計と工事監督に当たったとされています。
また、麒麟像や獅子像など橋柱装飾の意匠を考案したのは建築家の妻木頼黄です。樺島は装飾のデザイナーではなく、橋の構造と工事を技術面から率いた人物と覚えると役割を区別できます。
日本橋トピック♪樺島正義の橋は愛知にも現存
樺島が設計した愛知県の犬山橋は1925年(大正14年)竣工。かつては自動車と電車が同じ橋を通り、2000年から鉄道専用橋となりました。日本橋の外でも、樺島の仕事が電車を支え続けていると知ると、橋の見え方も変わるでしょう。
関連用語
樺島正義に関するよくある質問
- 樺島正義はどのように読みますか?
- 「かばしままさよし」と読みます。CiNii Researchに登録された土木学会論文の読みは「カバシマ マサヨシ」です。
- 樺島正義はどこで海外の橋梁実務を学びましたか?
- 米国カンザスシティの橋梁会社Waddell & Hedrickです。土木学会の研究では、同社で設計と施工を実地に学んだ経歴が紹介されています。
