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いなりずしとは

いなりずしとは、甘辛く煮た油揚げにすし飯を詰めたすしです。江戸時代には屋台で売られた手軽な食べ物で、日本橋人形町では人形町志乃多寿司總本店の「志之多」が街の食文化をつないでいます。

江戸のファストフードから全国の味へ

農林水産省は、江戸時代の文献に屋台でいなりずしを売る様子が描かれていると紹介しています。持ち歩きやすく、油揚げとすし飯を一緒に食べられる形は、江戸の忙しい町で親しまれた軽食だったのでしょう。

中身には地域差があります。すし飯だけ、またはごまや麻の実を混ぜた簡素なものがある一方、関西を中心とする西日本では五目ずしのように具材を入れるものも多いとされています。形や味付けも土地と店で違い、一つの姿だけが正解ではないのが面白いところ。

人形町で続く油揚げの手仕事

明治10年(1877年)創業の人形町志乃多寿司總本店は、公式沿革で、明治初年に武士だった初代が江戸から続くいなりずしへ工夫を加えたと伝えています。特注の薄い油揚げを油抜きし、手で仕込むのが同店ならではの作り方です。

同店の品書きには、いなりずしとともに「志乃多寿司の黄菊」という品も並びます。人形町のすし文化を別の角度から知る手がかりになるでしょう。

いなりずしの起源には諸説があり、稲荷神社への油揚げの供え物と結びつく説がよく知られます。由来を一つに絞れない点も、各地へ広がった料理らしさといえるでしょう。

日本橋トピック♪「志之多」の名は歌舞伎の物語につながる

志乃多寿司總本店は、歌舞伎の人情話『葛の葉隠れ』で詠まれる「信田の森」の古歌から、狐、稲荷の使い、油揚げ、いなりずしを連想し、「志之多」と名付けたと伝えています。人形町らしく、食と芝居の記憶が一つの名に重なる命名譚。

いなりずしに関するよくある質問

助六ずしにはなぜいなりずしと巻きずしが入るのですか?
レファレンス協同データベース(国立国会図書館が運営)に収録された事例では、歌舞伎の助六と恋人の揚巻を、油揚げのいなりずしと巻きずしに掛けた名称だとする資料が紹介されています。
いなりずしはどこで生まれたのですか?
起源には諸説があり、稲荷神社に供えた油揚げへご飯を詰めたことから始まったという説が知られます。単一の発祥地や発祥者に絞れる料理ではありません。
人形町志乃多寿司總本店の油揚げにはどんな特徴がありますか?
公式案内では、いなりずし用の薄い油揚げを特注し、油抜きをして手で仕込んでいます。店が受け継ぐ味を支える工程です。

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