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用語 街・地名

本銀町とは

本銀町とは、現在の日本橋本石町四丁目・日本橋室町四丁目・日本橋本町四丁目付近にあった旧町名です。「ほんしろがねちょう」と読みます。

「本銀」は「ほんしろがね」と読む

本銀町は「ほんぎんちょう」ではなく、「ほんしろがねちょう」と読みます。1850年(嘉永3年)の江戸切絵図にも記された歴史地名。

旧町域は、現在の日本橋本石町・日本橋室町・日本橋本町にまたがります。複数の街区に受け継がれた旧町名として捉えると、位置関係がわかりやすくなるでしょう。2015年度に中央区が本石町四丁目から本町四丁目への道路に付けた愛称「本銀通り」も、読みは「ほんしろがねどおり」。旧町名の読みは、今の通りの名に残っています。

龍閑川沿いに東西へ並んだ四つの丁目

江戸の本銀町は、西の外堀から東へ、一丁目から四丁目までが一列に並ぶ町でした。北側は龍閑川(神田堀)に面した蔵地で、南側は本石町と接していました。川の向こうは神田。二丁目と三丁目の境には今川橋、四丁目には地蔵橋などが架かり、本銀町は神田との行き来の入口にもなっていたのです。龍閑川は1950年(昭和25年)に埋め立てられたため、今は川も橋も残っていません。

日本橋トピック♪「本」の一字は、神田の新銀町と区別するため

平凡社『日本歴史地名大系』によると、町名は銀細工の職人が住んでいたことに由来します。寛永期の江戸図では「白かね町」と書かれていましたが、寛文年間(1661〜1673年)ごろまでに神田に「新銀町(しんしろがねちょう)」ができると、区別するために町名の頭へ「本」を付けました。寛文の江戸絵図では、すでに「本銀丁」の表記です。あとからできた「新」の町に対して、こちらは「本」の町。二文字の違いに、町が生まれた順番が刻まれています。

本銀町に関するよくある質問

本銀町は何丁目までありましたか?
一丁目から四丁目までありました。江戸切絵図の索引と大正時代の地籍資料の双方で、四つの丁目を確認できます。
江戸時代の本銀町には、どんな店がありましたか?
文政7年(1824年)の買物案内『江戸買物独案内』には、二丁目に歯医者・入歯所や御菓子司の桔梗屋、三丁目に琴三味線師や蝋燭問屋の名がみえます。

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