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用語 街・地名

長五郎屋敷とは

長五郎屋敷とは、江戸期に現在の日本橋堀留町一丁目付近にあった旧地名です。読みは「ちょうごろうやしき」。現存する一棟の屋敷名ではなく、古い町の区画を示す名前として読むのが自然です。

新乗物町から堀留町へ

『日本歴史地名大系』は、人形町通と楽屋新道の角にある片側町と説明しています。中央区立図書館の町名変遷表では、新乗物町へまとまり、堀留町を経て日本橋堀留町へ。名称だけを見ると建物を想像しやすいものの、現在の街区へつながる旧地名です。

日本橋トピック♪雪駄屋が伝える長五郎屋敷の別名

この一帯は「せきた町」や「さかい丁せきた」とも呼ばれたと記録されています。理由は雪駄屋があったこと。長五郎の人物像は確認できなくても、履物を扱う商いの記憶は別名から読み取れます。

長五郎屋敷に関するよくある質問

長五郎屋敷は現在も建物として残っていますか?
建物としては残っていません。江戸期の寛保沽券図に「長五郎屋敷」の名が見え、土地の区画を指す呼び名として記録されています。現在の日本橋堀留町一丁目にあたる場所です。
長五郎屋敷はどのような町でしたか?
人形町通と楽屋新道の角にあった片側町です。雪駄屋があり、「せきた町」「さかい丁せきた」とも呼ばれました。