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新大橋とは

新大橋とは、東京都中央区の日本橋浜町と江東区を結んで隅田川に架かる橋で、元禄6年(1693年)に架けられた由緒ある橋です。隅田川では3番目に誕生した橋にあたります。いまわたしたちが渡るのは、昭和52年(1977年)に架け替えられた白い斜張橋。江戸の昔から名前を受け継ぐ、歴史の長い橋なのです。

「新大橋」という名前の由来

少し不思議な名前ですが、由来をたどると腑に落ちます。先に架かっていた両国橋が、当時は「大橋(おおはし)」と呼ばれていました。その次に架けた新しい大橋なので、「新大橋」と名付けられたとされています。元禄6年(1693年)の誕生から明治のはじめまで、木の橋だった時代には洪水や火事でたびたび傷み、そのつど架け直されてきました。

広重が描いたのは「先代」の新大橋

ここはぜひ知っておきたいところ。歌川広重の名所江戸百景「大はしあたけの夕立」(安政3年・1856年ごろ)に描かれた橋は、この新大橋です。ただし絵の橋は江戸時代の木の橋で、今より少し下流に架かっていた先代。今わたしたちが渡る斜張橋とは別物だと思ってください。同じ名前を受け継ぎながら、橋そのものは何度も生まれ変わってきたわけです。

浜町側からの訪れ方・見どころ

中央区側の橋のたもとは、緑ゆたかな浜町公園にもほど近い場所。隅田川テラスを散歩がてら、対岸の景色とあわせて橋を眺めるのがおすすめです。新大橋には、関東大震災のときに焼け残って大勢の命を救い人助け橋と呼ばれた逸話もあり、西詰には避難の記憶を伝える記念碑が立っています。明治期の先代の橋にまつわる橋名板も、文化財として今に伝えられています。

日本橋トピック♪ゴッホも惚れ込んだ、夕立の橋

広重の「大はしあたけの夕立」は、突然の夕立に橋の上の人々が傘や蓑で身をすくめる名作です。じつはこの絵、後にオランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが油絵で模写したことでも知られています。斜めに降る雨を線で描く大胆な構図は、西洋の画家たちを驚かせました。彼らが見つめた橋が、ほかでもない江戸の新大橋だったのです。今の橋を渡るときも、雨の日の風情を少し思い浮かべてみると味わいが増すかもしれません。

新大橋に関するよくある質問

新大橋は大阪の日本橋とは別の場所ですか?
別の場所です。新大橋は東京都中央区の日本橋浜町と江東区を結ぶ隅田川の橋で、大阪市の日本橋(にっぽんばし)とは関係ありません。本用語集は東京の日本橋エリアを扱っています。
新大橋は今も歩いて渡れますか?
渡れます。現役の道路橋なので、誰でも無料で行き来できます。中央区側のたもとは浜町公園にも近く、隅田川テラスの散歩とあわせて楽しむ人が多い橋です。

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