日本橋中洲とは
日本橋中洲とは、東京都中央区の北東のはしに位置する町名です。隅田川に面したごく小さな町で、江戸時代には月見や舟遊びでにぎわう景勝地でした。今は日本橋浜町や箱崎町と地続きになった、静かな住宅と街並みのエリアです。
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川の中州を埋め立てて生まれた町
その名のとおり、もともとは川の中にできた砂地(中州)でした。隅田川と箱崎川が分かれるあたりは「三股(みつまた)」と呼ばれ、ここを明和8年(1771年)に埋め立てて新しい町ができたのが始まりとされています。淡水と海水が出会う、月を眺め舟で遊ぶ江戸有数の納涼スポット。そんな景勝地だったといわれます。
その後は水害を避けるためか、埋め立てと取り払いがくり返されました。最終的に、1971年(昭和46年)に浜町との境、翌年に箱崎町との境の川(箱崎川)が埋め立てられ、ぐるりを水に囲まれた島から、まわりと地続きの町へと姿を変えました。
同じ「中洲(なかす)」でも、繁華街として全国に知られるのは福岡・博多のほう。こちらは博多とは関係のない、隅田川沿いのひっそりした町です。「日本橋」と付きますが橋ではなく地名で、もちろん大阪の日本橋(にっぽんばし)とも別の場所になります。
Topic江戸の人が舟で月見に来た「三股」って?
埋め立て前のこの一帯は「三股(みつまた)」と呼ばれ、隅田川に浮かぶ小さな中州でした。浜町との間には男橋・女橋という二本の橋が架かり、舟をしたてて月を愛でる観月納涼の名所だったと伝わります。淡水と海水の境目にあたることから「別れの淵」とも呼ばれたとか。今の静かな町並みからは少し想像しづらい、水の都・江戸ならではの風景がここにありました。
関連用語
日本橋中洲に関するよくある質問
- 日本橋中洲はなんと読みますか?
- 「にほんばしなかす」と読みます。「なかず」と濁って読まれることもありますが、町名の読みは「なかす」です。
- 福岡の中洲とは関係がありますか?
- 関係ありません。繁華街で全国に知られる中洲は福岡市博多の地名です。こちらは東京都中央区の隅田川沿いにある別の町です。
