日証館とは

日証館とは、東京都中央区の日本橋兜町に建つ、歴史ある現役のオフィスビルです。1928年(昭和3年)渋沢栄一邸の跡地に東京株式取引所が建てたもので、証券の街・兜町の記憶を今に伝えています。

正式名称:日証館(にっしょうかん)

旧称:東株ビルディング(東京株式取引所の付属施設として建設されたことに由来)

目次

渋沢栄一邸の跡地に建った経緯

渋沢栄一は1888年(明治21年)に兜町へ自邸を構えました。ただし1901年(明治34年)には飛鳥山へ移り住み、兜町の旧邸はその後「渋沢事務所」として使われます。ここで気をつけたいのは、渋沢が亡くなるまでこの地に住んでいたわけではない、という点。混同しやすいところです。

その渋沢事務所は1923年(大正12年)の関東大震災で焼失しました。残った跡地に、東京株式取引所が1928年に建てたのが日証館(当時の東株ビルディング)です。設計は横河工務所(所長・横河民輔)。古典様式の3層構造に大小のアーチ窓が並ぶ、端正な外観が今も残ります。

戦後の証券取引を支えた建物

日証館には、もう一つ知られざる役割があったのをご存じでしょうか。戦後の1946年(昭和21年)から約3年間、取引所に代わる株式の集団取引がこの建物で行われたのです。証券取引所が再開するまでの間、ここが事実上の市場の場になっていました。

築100年近くを数えるいまも、日証館は現役のオフィスビルとして使われています。1階エントランスは平日のおおむね日中に開放され、2024年には東京都の歴史的建造物に選ばれました。再開発が進む兜町にあって、街の歴史を静かに物語る一棟です。

Topic取引所が止まった時代、ここが「市場」だった

戦争で証券取引所の立会いが停止していた時期、株の売買は行き場を失います。そのとき集団取引の舞台になったのが、この日証館でした。1946年(昭和21年)から約3年間、取引所が正式に再開するまでの空白を、渋沢栄一ゆかりの地に建つこの建物が埋めていたのです。証券界の歴史の節目に、いつも兜町のこの土地が顔を出すのが面白いところです。

日証館に関するよくある質問

日証館は渋沢栄一が住んでいた建物ですか?
いいえ。渋沢栄一の旧邸の跡地に建つ別の建物です。渋沢は1901年に飛鳥山へ移り住み、旧邸(渋沢事務所)は関東大震災で焼失。その跡地に1928年建てられたのが日証館です。
「日証館」という名前の由来は?
旧称を東株ビルディングといい、東京株式取引所の付属施設として建てられたことに由来します。証券業界とともに歩んできた建物です。
中に入って見学できますか?
現役のオフィスビルで、1階エントランスは平日の日中に開放されています。観光向けの見学施設ではないため、テナント以外の立ち入りには配慮が必要です。

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