重盛永信堂とは
重盛永信堂とは、東京都中央区日本橋人形町にある人形焼とゼイタク煎餅の老舗です。水天宮前の交差点に店を構え、大正6年(1917年)の創業以来、江戸庶民に親しまれた味を伝えています。
目次
大正に人形町で始まった菓子店
創業は大正6年(1917年)。長野県伊那から上京した重盛永治が、東京の煎餅屋を振り出しに大阪でも修行を重ね、10年ほどの修業ののち、人形町に自分の店を開きました。その後、昭和のはじめに水天宮前の今の場所へ移り、人形焼と煎餅の店として土地に根づいていきます。
看板は、人形焼とゼイタク煎餅
名物のひとつが七福神の顔をかたどった人形焼です。ふっくらした生地の中に餡がたっぷり入った、昔なつかしい東京名物。もうひとつの看板がゼイタク煎餅で、上白糖や卵をぜいたくに使った甘い焼き菓子です。どちらも水天宮へのお参りの手みやげとして長く選ばれてきました。
人形焼の「人形」と、人形町の関係
人形焼と人形町、どちらにも「人形」とつくので結びつきが深そうに思えます。地名の人形町は、江戸のころ人形遣いや人形作りの職人が多く住んだことに由来するとされています。人形焼はその人形町をはじめ各地で作られてきた焼き菓子で、地名と菓子がまっすぐ一対一で結びつくわけではありません。とはいえ、人形町を歩きながら人形焼を頬張る時間には、町の名にふさわしい風情があるでしょう。
Topic「ゼイタク煎餅」、なぜ贅沢なの?
少し変わった名前の「ゼイタク煎餅」。その由来は、物がとぼしかった戦争中にさかのぼると伝わります。卵や砂糖が貴重品だった時代に、それらをふんだんに使って焼いた煎餅は、まさに「贅沢」な菓子でした。そこから「ゼイタク煎餅」と呼ばれるようになったとされています。いまでは当たり前に手に入る材料も、かつてはごちそうそのもの。名前の裏にある時代の空気を知ると、ひと口の甘さが少し特別に感じられるかもしれません。
重盛永信堂に関するよくある質問
- 重盛永信堂の人形焼には何が入っているのですか?
- 七福神の顔をかたどった生地の中に、餡がたっぷり入っています。上白糖や卵、上質の小麦粉を使って焼き上げた、昔ながらの東京名物です。
- 水天宮のお参りのついでに立ち寄れますか?
- 店は水天宮前の交差点にあり、お参りの行き帰りに立ち寄りやすい立地です。人形焼やゼイタク煎餅は手みやげにも向きます。
- 重盛永信堂は今も人形町で営業していますか?
- 現在も中央区日本橋人形町で営業し、人形焼やゼイタク煎餅を販売しています(2026年6月時点・公式サイト確認)。ネット販売も行っています。
