楓川とは
楓川とは、中央区の日本橋兜町付近を流れていた堀割で、埋め立て後の跡地が首都高速都心環状線のルートにも重なる旧水路です。水面としては残っていないため、街歩きでは「見えない川の跡」として読むのが入口。
堀割から道路へ変わった場所
中央区公式の説明では、江戸時代以来の中央区で河川・堀割が発達し、区総面積の18%以上を水路が占めていた地域です。楓川もその水のネットワークの一部。
近代以降は交通手段の変化や都市改造が進み、楓川は東京オリンピック開催に向けた道路整備で埋め立てられました。旧堀割の上部には、江戸橋JCTから南側へ延びる首都高速都心環状線が通る構図です。
日本橋兜町を歩いていると、水路の痕跡は橋名や道路の曲がり方として残るもの。日本橋川や江戸橋JCTと合わせて見ると、日本橋の地上と高架道路が、もとは水辺の都市構造と深く結びついていることが分かるはずです。
日本橋トピック♪高速道路の線形が、旧水路の輪郭を教えてくれる
楓川は水面としては見えません。ただ、旧堀割上に首都高速都心環状線が通るため、地図で道路の線を追うと、かつての水路の向きが浮かびます。川が消えた後も、都市の形には水路の記憶が残るという見方ができる場所であり、道路から水辺を想像する入口でもあります。
楓川に関するよくある質問
- 楓川の跡はどう見ればよいですか?
- 道路の曲がり方、橋の跡を示す親柱、江戸橋JCT周辺の高架を合わせると、水路から道路へ変わった流れを想像しやすくなります。
- 楓川を知ると日本橋兜町の見方はどう変わりますか?
- 金融街としての印象だけでなく、かつて堀割が町の骨格をつくっていた場所として見られるようになります。
