吉川町とは
吉川町とは、現在の東日本橋二丁目につながる旧町名です。「よしかわちょう」と読み、江戸末期の町名変遷図に記録されています。両国橋西側の両国広小路に面した町でした。
両国広小路に面した片側町
『日本歴史地名大系』は、吉川町を南側の両国広小路に面した片側町と説明しています。北側には下柳原同朋町があり、両国橋西詰のにぎわいに接する場所でした。
中央区立図書館の町名変遷図では、吉川町は新柳町とともに震災後の「両国」へ組み替えられ、その後、東日本橋へつながりました。現行住所には吉川町の名は残っていませんが、両国橋西岸の町並みを読み解く手がかりになるでしょう。
日本橋トピック♪もとは「葭川町」と書いた?
地名辞典では、この土地は葭の茂る小さな流れを埋め立ててできたため、当初は「葭川町」と書いたと説明しています。現在知られる「吉川町」の字からは見えにくい、水辺の地形を伝える由来の一説といえるでしょう。
関連用語
吉川町に関するよくある質問
- 吉川町が「片側町」だったとはどういう意味ですか?
- 道の片側に家並みが続く形の町だったという意味です。地名辞典では、吉川町は南側の両国広小路に面していたと説明されています。
- 日本橋の吉川町と兵庫県の旧吉川町は同じですか?
- 別の地名です。ここでいう吉川町は、現在の東京都中央区東日本橋二丁目につながる旧町名です。

