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東京名所三十六戯撰 開運はしとは

東京名所三十六戯撰 開運はしとは、昇斎一景が明治5年(1872年)に描いた竪大判錦絵です。読みは「とうきょうめいしょさんじゅうろくぎせん かいうんばし」。東京の名所に笑いを重ね、橋の上で起きたひと騒ぎをにぎやかに描いた一図です。

三脚のカメラが傾き、橋の上は総立ち

画面の中ほどで、蛇腹のついた箱形のカメラが三脚ごと傾いています。その真下では茶色の着物の男性がのけぞり、まわりの人たちも身をよじったり、手を広げたり。左手では、とんがり帽子の2人が荷車の梶棒を握って前かがみになり、荷台には金色の雲の中に女性と馬を描いた大きな絵看板が載っています。

日本橋トピック♪背景にそびえる三井組ハウス

橋の奥に描かれた高い和洋折衷建築は、海運橋のたもとに三井組が建てた「三井組ハウス」。日本取引所グループによると、この建物はのちに第一国立銀行へ譲渡されました。作品は銀行になる直前の兜町の新名所も伝えているのでしょう。

東京名所三十六戯撰 開運はしに関するよくある質問

作品名の「開運はし」と海運橋は、同じ橋ですか?
場面は兜町の海運橋です。作品名では「開運はし」と表記されますが、橋の公式な名称は海運橋でした。日本取引所グループによると、江戸期は海賊橋などと呼ばれ、明治元年に縁起をかついで海運橋へ改称されています。
背景の建物は、最初から第一国立銀行だったのですか?
作品が刊行された1872年には三井組ハウスでした。翌1873年、この建物を本店として第一国立銀行が開業しました。

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