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駿河町「春日龍神」の山車とは

駿河町「春日龍神」の山車とは、江戸の山王祭駿河町が用いた能「春日龍神」を主題とする山車です。読みは「するがちょうかすがりゅうじんのだし」。駿河町は、現在の日本橋室町にあった旧町名です。

神仏の主題であり、能の人形でもある

日枝神社の広報誌『山王』の論考によると、春日龍神は文政7年(1824年)の番付で八番の主題です。分類では、弁財天や加茂明神と同じ神仏・精霊の側。同時に、からくり人形ではないものの、静の舞や一来法師と並ぶ芸能(能)の人形としても捉えられると説明されています。山車の姿は、歌川芳藤が描いた立版古にも「駿河町『春日龍神』」の名で残ります。

日本橋トピック♪旅立ちを引き止める能の物語

大阪大学附属図書館の解説によると、能「春日龍神」は、仏の遺跡を巡るため唐へ渡ろうとした明恵上人の前に、春日明神に仕えた時風秀行の化身が現れ、日本にこそ仏蹟があると説いて引き止める物語です。後半には龍王が現れ、八大竜王や諸仏諸神が集うなかで釈尊の説法の場を見せる、華やかな場面が続きます。

駿河町「春日龍神」の山車に関するよくある質問

山王祭の山車の「八番」などの番号は、町ごとの番号ですか?
町々で組んだ山車組の番号です。日枝神社の広報誌『山王』の論考によると、江戸の山王祭には四十五もの山車組があり、各組は一本から数本の山車を出しました。組の中で人形を入れ替えることもあったため、同じ番号でも年によって主題が変わる場合があります。
駿河町の春日龍神の山車は今も残っていますか?
『山王』の論考は、天下祭の花形だった山車人形の多くが明治以降に失われたと述べています。駿河町の春日龍神は、歌川芳藤が描いた山車の立版古に名が残っています。

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