新場橋とは
新場橋とは、日本橋二丁目と日本橋兜町側の間で、旧楓川の上に架かる橋です。読みは「しんばばし」。中央区が管理し、橋下には首都高速道路が通ります。水路が道路へ変わったこの界隈の歴史と、江戸の魚市場の記憶を一度にたどれる場所です。
旧楓川から首都高速へ
江戸期の楓川は、日本橋川から分かれ、京橋川などへつながる舟運の水路でした。新場橋が架けられたのは享和年間(1801〜1804年)ごろとされますが、詳しい時期は定かではありません。古い橋は現橋より北側にあり、関東大震災後の架け替えで現在地へ移設されました。中央区の橋梁一覧が橋下状況を「首都高速」と記すように、川面ではなく道路をまたぐ姿へ変わったのです。
橋名から日本橋の魚市場をたどる
橋の西側は本材木町と呼ばれた町人地、東側は御船手頭の屋敷や坂本町などが並ぶ一帯でした。橋を渡って旧水路沿いを歩けば、日本橋二丁目から日本橋兜町へ続く街区の境目が見えてくるでしょう。川が見えない場所でも、橋名がかつての水路と商いを読み解く目印になります。
日本橋トピック♪なぜ橋名に魚市場が残る?
新場橋に関するよくある質問
- 新場橋の「新場」とは何ですか?
- 「新肴場」を縮めた呼び名です。本材木町に設けられ、日本橋魚市場と分担して幕府へ魚を納めた市場の記憶が橋名に残っています。
- 新場橋の下には何がありますか?
- 首都高速道路があります。この場所には以前、楓川という水路があり、新場橋は旧水路の位置を伝える橋でもあります。

