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山王祭廿七番「日本武尊」とは

山王祭廿七番「日本武尊」とは、江戸の山王祭で萬町・青物町・元四日市が用いた日本武尊を飾る山車です。読みは「さんのうまつりにじゅうななばんやまとたけるのみこと」。旧所有町は、現在の日本橋一丁目に当たる町域です。

明治期に佐倉へ渡った江戸の山車

人形は二代目仲秀英の作。山車は明治13年(1880年)9月に千葉県佐倉市上町へ委譲され、現在も佐倉で曳かれています。上町の日本武尊を含む旧佐倉町の祭礼用具は、昭和59年(1984年)に佐倉市指定有形文化財となりました。

日本橋トピック♪山車を集めた立役者がいた

日枝神社によると、佐倉藩の歴代藩主は幕府の老中職を務めるなど江戸との結び付きが強く、明治初期には日本橋界隈を走り回って山王祭の山車を譲り受けた立役者がいました。佐倉に江戸の山車が多く残るのは、その働きがあったからだと紹介されています。

山王祭廿七番「日本武尊」に関するよくある質問

江戸型山車にはどのような仕組みがありましたか?
日枝神社は、城門を通れるよう高さを調節する仕組みを江戸型山車の特徴として紹介しています。柱を倒す型や、上部を上下させる三層せり出し型などがありました。
佐倉へ渡った山王祭の山車は、ほかにもありますか?
あります。日枝神社は、佐倉市横町の「石橋」や肴町の「竹生島龍神」なども、日本橋の町々から譲られた山王祭の山車として紹介しています。

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