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日本橋久松町とは

日本橋久松町とは、東京都中央区にある町名で、読みは「ひさまつちょう」。江戸時代に隣の村松町から分かれてできた、こぢんまりとした町です。今も久松警察署や久松小学校に名を残し、すぐ近くには明治座があります。

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村松町から分かれた町

中央区の説明によると、久松町はもともと村松町の一部でした。元和3年(1617年)に分けられ、ひとつの町として独立したとされています。江戸幕府が開かれてまだ間もない頃の出来事です。

「久松」という名前の由来は、実ははっきりわかっていません。それでも、この名は今も久松警察署や中央区立久松小学校に受け継がれ、地域の人々に親しまれています。町名そのものより、施設の名で「久松」を知る人も多いかもしれません。

明治座が生まれた町

久松町を語るうえで外せないのが、芝居の劇場とのつながりです。今は隣の日本橋浜町にある明治座ですが、そのルーツはこの久松町にありました。劇場と町の縁が、長く受け継がれてきたのです。

なお、現在の明治座の建物は浜町にあります。「明治座は久松町にある」と思われがちですが、今の所在地は隣の浜町。久松町は、あくまでそのふるさとにあたる町です。

Topic明治座には「久松座」という名前の時代があった

明治座のはじまりは、1873年(明治6年)に久松町の河岸に開かれた「喜昇座(きしょうざ)」でした。その後1879年(明治12年)には、町名にちなんで「久松座」と名を改めています。さらに千歳座を経て、1893年(明治26年)に今の「明治座」になりました。劇場の名前に、かつて久松町にあった証がしっかり刻まれているのです。

日本橋久松町に関するよくある質問

明治座は久松町にありますか?
今の明治座は隣の日本橋浜町にあります。ただし、その前身の劇場は久松町で開場したため、ルーツの町として深いつながりがあります。
久松町ともとの村松町は別の町ですか?
もとは同じ村松町で、そこから久松町が分かれました。村松町はのちに東日本橋へ統合され、今は地名として残っていません。

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