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旧北海道開拓使物産売捌所とは

旧北海道開拓使物産売捌所とは、明治政府の開拓使が北海道の特産品を陳列・販売するため、永代橋のたもと(現在の日本橋箱崎町)に建てた施設です。読みは「きゅうほっかいどうかいたくしぶっさんうりさばきじょ」。明治14年(1881年)に完成した、ジョサイア・コンドル設計のヴェネツィアン・ゴシック様式、煉瓦造2階建てでした。

開拓使の施設から日本銀行の開業店舗へ

開拓使は建物完成の翌年、明治15年(1882年)2月に廃止されます。では、完成したばかりの建物はどうなったのでしょうか。同年10月10日、日本銀行がこの建物を本店として開業しました。現在の日本橋本石町へ移る明治29年(1896年)4月まで、ここが日本銀行の開業時の本店です。移転後は主に集会所として使われ、大正12年(1923年)の関東大震災で焼失。焼け残った部分は設計者コンドルの業績をしのぶ記念堂として浜町公園の一角へ移されましたが、昭和20年(1945年)の戦災で失われました。

日本橋トピック♪本石町の新本店を設計する青年が、学生時代に引いた図面

この建物の設計図は、日本銀行アーカイブに52点が残っています。貨幣博物館の展示図録によると、図面にはコンドルのほか工部大学校造家学科の生徒14名のサインがあり、その一人が辰野金吾。ある1枚には「Drawn by K.Tatsuno 1st May 1878」と書き込まれています。日本銀行が明治29年に移った本石町の新本店を設計したのが、その辰野でした。学生が図面を引いた建物で開業し、18年後にその学生の設計した建物へ移った、ということになります。

旧北海道開拓使物産売捌所に関するよくある質問

「売捌所」とは、どのような施設ですか?
北海道の産物を並べて売るために、開拓使が東京へ置いた出張所の施設です。いまでいえば、常設の物産ショールーム兼売り場にあたります。
旧北海道開拓使物産売捌所は、現在の日本銀行本店と同じ場所にありましたか?
同じ場所ではありません。旧北海道開拓使物産売捌所は現在の日本橋箱崎町にあり、現在の日本銀行本店は日本橋本石町にあります。

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