小伝馬上町とは
小伝馬上町とは、江戸期の日本橋にあった歴史的な町名です。読みは「こでんまかみちょう」。現行住所では日本橋小伝馬町にあたり、伝馬町牢屋敷の東側に面していた町として中央区の記録に登場します。
牢屋敷の「裏門」側にあった町
伝馬町牢屋敷は、現行の日本橋小伝馬町3・4・5番に広がり、十思公園や十思スクエアなどを含む一帯にありました。西側の大伝馬塩町に表門、東側の小伝馬上町に裏門が置かれていたと中央区は説明しています。
小伝馬上町は牢屋敷の別名ではありません。牢屋敷に接していた周辺の町名です。現地を歩くなら、十思公園を基準にすると位置関係を想像しやすいでしょう。旧町名を知ると、江戸の大きな施設がどの町へ向いていたかまで読み解けます。
日本橋トピック♪牢屋敷の表門と裏門は、別の町を向いていた
伝馬町牢屋敷の表門は西側の大伝馬塩町、裏門は東側の小伝馬上町に面していました。門の呼び分けだけでなく、周囲の町名まで記録されているため、牢屋敷を単独の史跡ではなく、江戸の町並みに組み込まれた施設として捉えられます。
関連用語
小伝馬上町に関するよくある質問
- 伝馬町牢屋敷は、いつまで使われましたか?
- 江戸時代から明治初年まで使われ、1875年に市谷監獄へ移転しました。跡地一帯は東京都指定の旧跡です。
- 小伝馬上町と小伝馬上町代地は同じ町ですか?
- 別の歴史的地名です。小伝馬上町は現行の日本橋小伝馬町、小伝馬上町代地は千代田区岩本町一丁目に対応します。
