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北鞘町河岸とは

北鞘町河岸とは、日本橋川左岸の一石橋品川町裏河岸の間にあった河岸地です。読みは「きたさやちょうがし」。旧北鞘町の川沿いに延び、現在の日本橋本石町一丁目付近にあたります。

米と燃料の問屋を支えた舟運

中央区立図書館が紹介する1851年の問屋記録では、北鞘町18軒の問屋がありました。そのうち9軒が米関連、6軒が竹木・炭薪などの燃料関連です。米や炭薪といった重い荷は舟で運ばれ、河岸で陸揚げされていたとみられます。北鞘町は1932年に本石町一丁目へ改称され、河岸名は町の水運をたどる手がかりといえるでしょう。

日本橋トピック♪「北」は京橋の南鞘町との対比

北鞘町の名は、江戸初期に刀剣の鞘を作る職人が多く暮らしたことに由来します。「北」が付くのは、京橋にあった南鞘町と区別するためでした。河岸名をたどると、刀剣のものづくりと舟運が同居した町の姿が見えてくるのではないでしょうか。

北鞘町河岸に関するよくある質問

北鞘町河岸は古地図で別の名になっていますか?
江戸期の地図には「北かし」「きたかし」「まきかし」といった表記が見られます。時代や資料によって呼び方が異なるため、北鞘町沿いの位置と合わせて読むのが手がかりです。
北鞘町河岸と品川町裏河岸は同じ河岸ですか?
同じではありません。北鞘町河岸の東側に品川町裏河岸が続いており、日本橋川左岸で隣り合う別の河岸地でした。

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