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活鯛屋敷とは

活鯛屋敷とは、江戸橋広小路の一角に置かれた「肴役所」の俗称です。大きな生簀で鯛などを生かし、幕府の台所に必要な魚を扱う施設でした。

正式名称:肴役所(魚納屋役所)

通称:活鯛屋敷

幕府の台所へ魚を届ける役所

歴史地名事典によると、寛政4年(1792年)江戸橋広小路の南西の一角に、御賄頭支配の魚納屋役所(肴役所)が設けられました。ここは幕府台所に必要な魚類を買い上げる役所です。魚納屋役所と肴役所はどちらも同じ施設の呼び名で、「活鯛屋敷」のほうは、大きな生簀を設けて鯛などを生きたまま保ったことに由来する俗称でした。

場所は現在の中央区日本橋一丁目に含まれますが、施設は現存しません。中央区立図書館の町名変遷表では、活鯛屋敷は日本橋蔵屋敷などとともに元四日市町へまとめられ、いまの日本橋一丁目の一部になっています。

日本橋トピック♪「屋敷」でも大名の住居ではない

活鯛屋敷は、一般の大名屋敷や日本橋魚河岸そのものではありません。役所と生簀を備えた魚の調達施設でした。日本橋魚河岸の近くにこうした施設があったことから、江戸の魚流通と幕府の台所がどのようにつながっていたのかを、具体的に思い描けるでしょう。

活鯛屋敷に関するよくある質問

「活鯛」とはどういう意味ですか?
生きたままの鯛のことです。『伝統食品の研究』第43号に載る太田泰弘「食品流通から見た日本橋界隈」によると、日本橋の魚市場を開いた大和屋助五郎は寛永年間に駿河国沿岸の漁民と契約し、各地の海浜に「活鯛場」と呼ぶ竹籠を沈めて鯛を養殖させ、のちに元四日市町の「活鯛屋敷」を拝領したと記されています。
活鯛屋敷の跡に碑や案内板はありますか?
跡地を示す碑や案内板は、公的な案内では見あたりません。位置として分かっているのは江戸橋広小路の南西の一角までで、現在のどの建物にあたるかまでは特定されていません。

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