玉露とは
玉露とは、茶畑に覆いをかけて日光をさえぎって育てた新芽から作る、緑茶の中でもとくに高級とされるお茶です。苦み・渋みが少なく、とろりとした甘みとうまみが持ち味。日本橋の老舗・山本山は、天保6年(1835年)に六代目の山本嘉兵衛が玉露を発明したと伝えています。
日光をさえぎって育てる、甘いお茶
玉露は、茶葉の形も作る工程も煎茶と同じ。大きく違うのは茶葉の育て方です。山本山の解説によると、春の一番茶が芽吹くころに茶園全体を覆い、20日間程度、日光をさえぎる「被覆栽培」で育てます。こうすると、うまみのもとになるアミノ酸「テアニン」が茶葉に増え、「覆い香」と呼ばれる玉露ならではの香りも生まれるそうです。渋み・苦みのもとになるカテキン類は比較的少なめ。だからこそ、渋さの少ない、とろりとした甘みが際立ちます。
有機質の肥料をたっぷり与え、新芽を手で摘むなど手間がかかるため、たくさんは作れません。全国の年間生産量は500トン程度で、人口で割ると1人あたり年に1杯ほど。山本山は、それほど希少なお茶だと紹介しています。
玉露の始まりと、日本橋の山本山
山本山によると、天保6年(1835年)、六代目の山本嘉兵衛が宇治の小倉村にある木下家の茶の製造場で玉露を発明しました。山本山は元禄3年(1690年)に日本橋で創業した煎茶商です。19世紀前期の宇治では、茶畑を覆って育てる栽培と、蒸した新芽を焙炉(ほいろ)の上で手で揉みながら乾かす煎茶の製法(宇治製法)が結びついて、玉露が生まれます。覆って育てるお茶のうち、抹茶の栽培は19世紀後期まで宇治茶師にしか認められていなかったのに、玉露にはその決まりがありませんでした。おかげで、今の城陽市や京田辺市などの河川敷や丘陵にも、覆いをかけた茶園が広がっていったといいます。
煎茶・抹茶と、何が違う?
同じ緑茶でも、煎茶は覆いをせず、日光を浴びた茶畑で育てた茶葉から作ります。では抹茶はどうでしょう。茶畑を覆って育てる点は玉露と同じですが、摘んだ葉を蒸したあと揉まずに乾かした「碾茶(てんちゃ)」を、石臼などでごく細かい粉にしたものです。玉露は揉んで仕上げ、茶葉のまま急須で淹れるところが抹茶との違い。山本山は、庶民の煎茶と貴族の抹茶という両極端だったお茶の製法を組み合わせたのが玉露だと紹介しています。
ぬるめのお湯で、少しずつ味わう
農林水産省の「茶の淹れ方マニュアル」が勧めるのは、50〜60℃のお湯で150秒ほど。玉露は渋みのもとのタンニンがほかのお茶よりやや少ない一方、苦みのもとのカフェインは多めです。低い温度なら、うまみのテアニンは十分に出て、苦み・渋みは出にくいというわけです。茶葉は1人分2〜3g、茶碗は40mlほどの小ぶりなもの。一気に飲まず、舌の上でころがすように味わうとよいとされます。夏目漱石も『草枕』で、玉露を「舌の先へ一しずくずつ落して」味わう場面を描きました。
日本橋トピック♪玉露の始まりは、手にくっついた茶葉?
山本山の公式サイトは、玉露が生まれたいきさつをこう伝えています。当時18歳だった六代目が茶の製造場を視察し、自分の手で茶葉をかき混ぜていたところ、茶葉が乾くにつれて手にくっつき、無理にはがすと棒状によじれた茶ができあがりました。職人たちと何度も作り直して飲んでみると、気品ある風味と鮮やかな色つやの、甘露のような味わいに。そこで「甘露のごとく玉のような茶葉」から「玉露」と名づけたといいます。江戸へ持ち帰って売り出すと評判を呼び、江戸名物のひとつになったと伝わります。
玉露に関するよくある質問
- 玉露は山本山だけのお茶ですか?
- いいえ、玉露は緑茶の種類のひとつで、各地で作られています。山本山は主な産地を三重県、京都府の宇治周辺、福岡県の八女周辺と紹介しています。山本山は、その玉露を六代目が発明したと伝える日本橋の老舗です。
- 玉露は日本橋で味わえますか?
- 山本山が日本橋髙島屋三井ビルディング1階に構える「ふじヱ茶房」で、玉露や煎茶を一人ひとりに淹れてもらえます。中央通りに面した山本山創業の地にある店で、入口は髙島屋S.C.の館内ではなく通りに面した路面側です(2026年9月時点・公式サイトで確認)。
- 玉露は二煎目もおいしく飲めますか?
- 飲めます。農林水産省の「茶の淹れ方マニュアル」は、二煎目は残った成分が出やすいように、一煎目よりやや高い湯温で、浸出時間は一煎目の半分くらい(1分程度)で淹れるよう勧めています。一煎目は急須に湯を残さず、最後の一滴まで注ぎ切っておくのがこつです。

