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横山町大通りとは

横山町大通りとは、日本橋横山町を走る通りで、隣の馬喰町とともに広がる衣料品の問屋街(横山町問屋街)の中心となる大通りです。江戸の昔から商いでにぎわい、今も数多くの問屋が軒を連ねる活気あふれる一角。

江戸から続く商いの通り

横山町という町名は、江戸初期にこのあたりが御家人「横山某」の領地だったことに由来するとされています。通りの一部は日光・奥州道中(今の街道)にあたり、旅人を相手にする小間物問屋などが軒を連ねていました。

明治に入ると、隣り合う馬喰町とともに衣料品の問屋街として大きく発展します。「横山町大通り」という愛称が正式に定められたのは昭和63年(1988年)度のことでした。

今も活気あふれる「現金問屋街」

横山町・馬喰町一帯は、問屋街みずから「日本最大の現金卸問屋街」とうたうほどの規模を誇ります。衣料品や小物を扱う問屋がびっしりと並び、かつては商店向けの卸が中心でした。では一般の客は入りづらいのでしょうか。実は今では一般の人も買い物を楽しめる店が多く、まとめ買いのできる問屋めぐりとして親しまれています。

日本橋トピック♪「現金問屋街」の「現金」って、どういう意味?

横山町大通りは「現金問屋街」と呼ばれます。問屋といえば、ふつうは商店どうしのまとまった取引の場。ここが「現金」と付くのは、掛け売り(ツケ払い)ではなく、その場の現金取引を基本としたことに由来するといわれます。だからこそ一見(いちげん)の客とも気軽に商いができ、街は開かれた問屋街として広がりました。今も「見て、選んで、その場で買う」軽やかさが、この通りの持ち味でしょう。

横山町大通りに関するよくある質問

横山町大通りでは一般の人も買い物できますか?
もともとは商店向けの卸が中心の問屋街ですが、今は一般の人も購入できる店が多くあります。店によって扱いが異なるため、店頭の案内を確認すると安心です。
横山町と馬喰町はどういう関係ですか?
地続きでひとつの問屋街を形づくっています。馬喰町はもともと馬市が立ち博労が住んだ町、横山町は商いの町として発展し、両者が並ぶ衣料品の問屋街になりました。

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