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清洲橋とは

清洲橋とは、東京都中央区の日本橋中洲と江東区清澄を結んで隅田川に架かる吊橋です。関東大震災からの復興事業として昭和3年(1928年)に完成し、「震災復興の華」と呼ばれた優美な姿で知られます。永代橋とともに国の重要文化財に指定されている、隅田川を代表する名橋のひとつです。

名前は両岸の町名から一字ずつ

「清洲」という名は、じつは公募で選ばれました。橋が架かる江東区側の「清住町(きよすみちょう)」と、中央区側の「中洲町(なかすちょう)」から一字ずつ取って組み合わせたものとされています。両岸の地名を分け合った、橋ならではの名前。中央区側のたもとは、隅田川に突き出した日本橋中洲のあたりにあたります。

ドイツの橋をお手本にした優美な吊橋

清洲橋は、当時ドイツのケルン市に架かっていた吊橋(ヒンデンブルク橋)をお手本にして設計されたと伝えられています。橋を吊るすのにワイヤーではなく鎖状の鋼材(アイバーチェーン)を使うのが特徴で、たおやかな曲線を描くのが魅力です。力強い「帝都の門」とたたえられた永代橋に対し、清洲橋はやわらかな曲線美の「震災復興の華」。同じ震災復興橋でも、対照的な美しさを競い合っているのです。

重要文化財としての見どころ

清洲橋は平成19年(2007年)に、勝鬨橋・永代橋とともに国の重要文化財(建造物)に指定されました。隅田川テラスから見上げると、淡い青に塗られた橋がやさしい弧を描いているのがよく分かります。夜にはライトアップされることもあり、水面に映る姿もまた格別。日本橋中洲側から渡って、対岸の清澄白河あたりまで足をのばす散歩コースもおすすめです。

日本橋トピック♪永代橋と清洲橋は「双子の門」だった?

すぐ下流の永代橋と清洲橋は、じつは対になるよう意図して設計された姉妹橋です。土木の世界では二つあわせて「帝都を飾るツイン・ゲイト(双子の門)」と呼ばれてきました。永代橋ががっしりと力強い男性的な橋なら、清洲橋はしなやかな曲線が美しい女性的な橋。同じ時期に、同じ思いで架けられた二つの橋を見比べながら隅田川沿いを歩くと、復興にかけた当時の人々の心意気が伝わってきます。

清洲橋に関するよくある質問

清洲橋は大阪の橋とは別ですか?
別です。清洲橋は東京都中央区の日本橋中洲と江東区清澄を結ぶ隅田川の吊橋で、大阪市の日本橋(にっぽんばし)とは関係ありません。本用語集は東京の日本橋エリアを扱っています。
清洲橋と永代橋はどう違いますか?
どちらも関東大震災の復興で架けられた隅田川の橋ですが、永代橋が力強い「帝都の門」と呼ばれたのに対し、清洲橋は曲線の美しい「震災復興の華」と呼ばれました。対になる姉妹橋として設計されています。
清洲橋は今も渡れますか?
渡れます。重要文化財に指定された現役の道路橋で、歩いて行き来できます。隅田川テラスから橋全体の優美な姿を眺めるのもおすすめです。

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