魚河岸水神社加茂能人形山車巡行模型とは

魚河岸水神社加茂能人形山車巡行模型とは、明治中期に作られた10分の1スケールの山車模型で、中央区登録の区民有形文化財です。日本橋魚河岸の祭礼を、山車の構造から巡行の人びとまで精緻に伝えます。

山車の小型化ではなく、祭礼行列の模型

模型は1組で、日本橋魚河岸の蒲鉾屋「駒作」の依頼を受けた人形師・三代原舟月が制作した作品。山車は三層構造の二段上下可変式で、人形や中層を収納できる江戸型山車の仕組みを再現しています。

最上段に立つのは、能「加茂」の後ジテに登場する別雷神の人形。二層目の幕に競馬と楓、三層目の見送り幕に流水と二葉葵の文様が配され、魚河岸の祭りの主役を小さな工芸品に凝縮しています。

江戸以来の実物の山車は、1923年(大正12年)の関東大震災で焼失しました。しかし模型が残ったため、1955年(昭和30年)に魚河岸水神社加茂能人形山車この模型を基に復元されました。模型と復元山車は、互いに関係しながらも別の文化財。

魚河岸水神社山王祭神田祭と合わせて読むと、日本橋魚河岸で育った信仰と祭礼がどう受け継がれたかをたどれるでしょう。

日本橋トピック♪小さな模型に祭りの表情まで残った

巡行模型には、囃子方6体、牛3頭、牛方3体、先導する世話役13体が配されています。この模型は、山車の形を残すだけでなく、曳く人、奏でる人、牛を導く人の動きと表情まで作り込んだ祭礼行列の縮景。

魚河岸水神社加茂能人形山車巡行模型に関するよくある質問

模型を作った三代原舟月は、日本橋とどんな関係がありますか?
三代原舟月は1826年から1899年に生きた人形師で、店は当時の日本橋区本石町にありました。日本橋魚河岸の蒲鉾屋「駒作」の依頼でこの模型を制作しています。
巡行模型は常設展示されていますか?
中央区の文化財ページには、所在地として新富一丁目の中央区立郷土資料館が記載されています。常設展示の有無は明記されていないため、観覧前に郷土資料館の案内を確認すると確実です。

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