香取秀真とは
香取秀真とは、日本橋の青銅装飾の鋳造に工場を通じて参加した鋳金家です。1874年から1954年まで生き、作品制作に加えて金工史の研究や教育にも取り組んだ人物といえるでしょう。
橋の装飾を鋳造する仕事
日本橋の青銅装飾は、1910年(明治43年)に東京美術学校へ制作が委嘱されました。約7カ月で鋳造するため、学校内だけでなく、香取秀真ら鋳金家の工場にも作業を分けたのです。
香取は1897年(明治30年)に東京美術学校鋳金本科を卒業し、1903年から1943年まで同校に勤務しました。鋳金史や彫金史を教え、金属を形にする技術と、その歴史を伝える仕事の両方を担っています。
1953年(昭和28年)には文化勲章を受章しました。日本橋では橋上の完成形だけでなく、制作を支えた工場と専門家のつながりに目を向けると、近代工芸の厚みが見えてくるでしょう。
日本橋トピック♪鋳金家であり、金工史家であり、歌人でもあった
香取秀真は金属作品を作るだけでなく、東洋の金工史を研究し、正岡子規の門で短歌にも取り組みました。技術・歴史・言葉を行き来した人物だと知ると、日本橋の鋳造参加も幅広い活動の一部と捉えられるでしょう。
関連用語
香取秀真に関するよくある質問
- 香取秀真は日本橋の装飾制作で何を担当したのですか?
- 香取秀真の工場が青銅装飾の鋳造作業に参加しました。麒麟像と獅子像の塑造原型を作った人物とは役割が異なります。
- 香取秀真は鋳金作品だけを作った人物ですか?
- 鋳金家であると同時に、東洋の金工史を研究し、東京美術学校で教えた人物です。正岡子規門の歌人としても活動しました。
